寒さがさらに増してきた12月。
雪が降ってもおかしくないような灰色の空の下、
吉野千秋の心も同じように曇っていた。
今月発売の漫画を買いに来たはいいものを、
ある書店だけポストカードが付くと聞いてその場所に来ていた。
だがどうしても足が進まない。
『プックスまりも』
「はぁぁぁ・・・」
以前同じように漫画を買いに来た時、
俺はあるイケメンの王子様みたいな店員さんに話しかけられた。
その人のおかげであまり知れなかったファンの子達の気持ちを知れ
てよかったんだけど、
ついお礼がしたくてメッセージノートに絵を描いてしまったのだ。
その後はいろいろと大変だったらしい。
俺は俺でアシスタントの子達や優には怒られるし、
トリ曰く吉川千春が現れたとネットでも話題になってしまったそう
だ。
俺の都合で男だということを隠して周りに迷惑をかけてしまってい
る。
軽率な行動は控えろと言っていたトリの気持ちが身にしみてわかっ
た。
・・・でも、
その時描いた漫画はみんな声を揃えて良いと言ってくれた。
自分でもとてもよく気に入っている。
だからあの時は無駄では無かったと思うし、
別に誰にもバレたわけではないのだから・・・気にしなくたって、
いい、はず。
どうせ俺はチキンですよー。
このまま外にいても寒いだけだと思い、
吉野はマフラーを結び直して中へ入っていった。
広い店内は休日だからか人が多く、少し暑いぐらいだった。
人酔いしないよう下を向きながらいつも行く漫画コーナーまでの道
を歩く。
「・・・あ、あった」
山済みになっている漫画を取ろうと手を伸ばした瞬間、
影がかかった。
「?」
影の先にいたのはキラキラ光る何か・・・・というか、人。
「て・・・店員さん」
「・・・・・・ああああぁぁあーーー!!!!!」
すごい勢いで近づいてきたかと思うとガシッと手を掴まれ、
ぶんぶん上下に振られた。
「やっぱりあの時の人ですよね!?また会えてうれしいですー!
はははっ、絶対運命ですって!あ、そうだ知ってます?あの日、
あなたが帰った後吉川先生が現れたんですよ!!
もちろん会ったわけじゃないんですけど、
メッセージノートにサイン付きイラストを描いてくれて。
もうみんなビックリしちゃって」
いろんな意味で驚きすぎて声が出ない吉野には気にも止めず、
うれしそうに雪名は話を続けた。
「でも誰も描いている姿を見ていないんですよー・・・。
不思議ですよね。
やっぱファンとしてはどんな人が描いているのかなって気になっち
ゃうじゃないですか。そう思いません?」
「・・・は・・・はぁ」
「?・・・あ、すすすすいません!!
また俺勝手にしゃべっちゃって!」
ぱっと手を離し、恥ずかしそうに頭を下げてきた。
かっこいいなと思っていたけど、
コロコロ変わる表情にかわいいとも思ってしまう。
「いえ、大丈夫です」
「よかったー・・・。そうだ、また会えたのも何かの縁ですし、
名前教えていただけませんか?俺は雪名皇っていいます。
今美大に通っていて、あっ歳は21です」
美大生・・・。
「えっと・・・吉野千秋です。29才・・・です」
「へ・・・」
変なこと言ったかと思い顔を上げると、笑顔のまま固まっていた。
「あの・・・「えぇぇえ!!ウッソ、マジっスか!
ちょっと吉野さん童顔にも程があるでしょ!?」
・・・ど、童顔。
じっと吉野の顔を見る雪名だったが、
ますますうれしそうに笑いながら予想外の言葉を口にしてきた。
「よかったらこの後お茶しませんか?バイトもう終わりなんで」
「へ・・・・・っ!!」
まるで漫画のような誘われ方になぜか顔が赤くなってしまった。
というか、すげーナンパみたいだ・・・。ん、ナンパ?
いやいや俺男だし何考えてんだよ!そんなことより、
ほとんど会ったこと無い人とお茶なんて絶対会話続かないよな。
まぁ、雪名さんなら大丈夫な気もするけど・・・。
ぐるぐる頭の中で考えていると、思い出したように雪名は言った。
「そういえば吉野千秋って、少し吉川千春と何か似てますね」
「・・・・・ぇぇえ!?そっそそうですか?あははは・・・」
ダメだ。絶対ダメだ!俺嘘つくと顔に出るし、
これ以上一緒にいたらバレる!
・・・どうしよう、雪名さんはいい人だけど。
「あの・・・ぇっと・・・・・」
誰でもいいから助けてくれー!
「雪名、お前何してんだ?」
声の方を向くと、上着を手に持ち怪訝そうな顔をした人。
「あ、横澤さんお久しぶりです。すいません店長今出てるんです」
「らしいな。まぁ1時間ぐらいで帰ってくるみたいだから、
茶でも飲んで時間潰そうと思ってた所だ。で、
お前こそさっきからなに大声出してんだよ?」
「今ちょっとお茶に誘っていたんです。
そうだ横澤さんも一緒にどうです?」
「誘うって誰を?」
近付いたことでちょうど雪名の影になっていた吉野と目が合った。
「こ・・・こんにちは」
「っ!?よしかっ・・・吉野さん。お久しぶりです」
横澤さんとは数回しか会っていないが、
顔を覚えてくれていたらしい。トリは少し怖いと言っていたけど、
会ったらとても優しく話しやすい人だったのを覚えている。
「あれ横澤さん、吉野さんと知り合いなんですか?」
「ま・・・まぁな」
「やっぱ3人で行きましょうよ!じゃあ俺着替えてきますね」
「おい、雪名!」
ひらひらと手を振ってレジの脇の部屋へ入っていってしまった。
「たく・・・、すいません吉野さん。
もしかしてあいつ何か失礼なことを」
「いえいえ!話していてとても楽しいんですけど、
お茶誘われて驚いちゃって。
でも横澤さんがいてくれるなら安心です」
今は横澤さんが天使に見えますよ。
「ならよかった」
そのまま2人で少し話をしていると、着替えた雪名がやって来た。
初めて見る私服の姿に少し緊張してしまう。
「お待たせしました。じゃあ行きますか?」
「どこに行くんだ?」
持っていた上着を羽織りながら横澤は尋ねる。
「俺のオススメの喫茶店です」
どこか懐かしむように雪名は言った。
つづく