うるさいぐらいの雨が地面を濡らしてた。
行き交う人々は自然と早足となり、俺たちの前を過ぎていく。
「寒くないか、千秋?」
「うん。大丈夫」
昼間のあの快晴はなんだったんだと思うぐらいの荒れ模様。
降水確率も低かったため2人して傘を持ってきていなかった。
久しぶりに千秋と出掛けられるからと少し浮かれていたのだろう。
とりあえず今は雨宿りをしているが、
夏だからといって少し雨にあたってしまったこの体はさすがに冷え
る。
「・・・やっぱり俺が近くのコンビニまで傘を買ってくる。
お前はここで待ってろ」
「やだ。それじゃあ結局トリ濡れちゃうじゃん」
「しかし止みそうにないだろこの雨。それに・・・」
空を見上げるが雲の隙間など全くなく灰色が続いていた。
「それに何?トリが風邪引いちゃもともこも、っっきゃぁ!!」
ピカッと光ったかと思うと腹に響くような雷が鳴った。
あまり音と光の時間差が無かったから結構近いらしい。
「雷、嫌いだろ?」
「・・・・・・・・・ぅん」
すでに涙目で羽鳥の服をぎゅっと握っていた。
その手に触れると氷のように冷たい。
やはり体が冷えてきているのであろう。
千秋は普段は大袈裟に寒いとか具合悪い言ったりするが、
本当の隠そうとする癖がある。
「・・・ここからなら、お前の家まで走って5分程だ。
我慢できそうか?」
「うん。でも、
傘もささないで走るなんて子供の頃に戻ったみたいだね」
「あの後怒られたけどな」
「はははっ」
「よし行くぞ」
「了解!」
千秋の手をしっかり掴み、大雨の中帰路へと急いだ。
****
「はぁ・・・着いた」
「ははは、びちょびちょ。なんか笑えてくる」
ようやく家に辿り着いた2人は玄関で上がった息を整えていた。
少しの時間だったとはいえ、
全身水をかぶったようにずぶ濡れだった。
「今タオル持ってくるな」
「うん・・・」
千秋はワンピースの裾を持ち上げげんなりしていた。
今日は久しぶりの羽鳥とのデート。
せっかく服も化粧も完璧で出掛けたのに、
今はほぼすっぴんで髪もぐちゃぐちゃだ。
そりゃあ修羅場の時の姿に比べたらましだが、
張り切っていた分ショックだった。
まぁ、雨の中走るのは結構楽しかったんだけどね。
「ほら頭だぜ」
首にタオルをかけた羽鳥は当たり前のように千秋の髪を拭き始めた
。
「ちょっ、いいよ自分で拭くから」
「そうか・・・」
少し名残惜しそうに羽鳥は手を離した。
いつもは風邪をひくから髪を乾かせなどガミガミ文句を言いながら
拭いてくれるが、なんだかんだいつも楽しそうでもある。
「風呂は今入れてるからもう少ししたら先入れよ」
「トリは?」
「俺はお前の後で十分だ」
「だからそれだとトリが風邪ひくじゃん。
たまには先に入りなよー」
ペタペタと脱衣場に歩くまでに文句を言う。
時々は自分優先で行動してもらいたい。
「・・・・・・お前が風邪をひいて看病するのは誰だ?」
「え・・・トリ」
「俺が風邪をひいて実際看病するのは?」
「うっ・・・・・・」
「いいから先に入れ。・・・・・・
何なら一緒に入ってもいいんだぞ?」
冗談っぽい笑みを浮かべながら羽鳥が言うと、
吉野は驚いたような顔をした。
「その手があった!」
「は・・・?」
「いいじゃん、昔はよく一緒に入ったんだしさ」
満面の笑みで言う吉野を見て、
今世紀最大ともいえる程の溜め息をもらした。
これで誘ってるつもりが微塵もないのだからタチが悪い。
「それに読者の子からもらった入浴剤とかも余ってるし、ね?」
上目遣いで見上げるな。
今だって雨に濡れて下着が透けているお前を見てどれだけの理性を
動員していると思ってんだ。本当に押し倒すぞここで・・・。
「っ・・・」
2回目。ここで吉野を抱いたのも半ば強引だっただろうか。
同意してくれていたとはいえ、
無理矢理犯された相手を心の底から許してくれているのだろうか。
「トリ?」
「・・あぁ・・・・・・・わかった」
あの日の記憶を思い出すと、
一緒になって最初の夜のことも思い出してしまう。
1番忘れたくて、1番忘れてはいけない記憶。
****
「ふぅ・・・暖まるー・・・・・」
「そうだな」
向かい合わせは恥ずかしかったので2人は肩を並べる体勢で湯船に
浸かっていた。
「結局入浴剤は何を入れるんだ?」
「んーっと、前に薔薇の香り?
とか使ったときすごい匂いだったでしょ。
だから今回は花系はやめて、柚子にしてみたんだー」
そう言いながら封を切りお湯の中にオレンジ色の粉を入れていった
。粉は溶けていき薄い黄緑色になっていっく。
「おー柚子だ」
「だな」
ぺちゃぺちゃお湯をいじりながら楽しそうに言った。
入浴剤のおかげで透けていたお湯に色が付き、
目のやり場を心配しなくても良さそうだ。
だからといって俺も男だ。
目の前に好きな人の体があればつい見てしまう。
「ん、何ー?」
ふいに目が合ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・いや」
「その間は何さ」
「・・・見えるか見えないぐらいの方がエロいな、って」
「エロっっ・・この変態!」
ばしゃっと顔面に水をかけられると背中を向けられてしまった。
聞かれたから答えたのだが。
「吉野、こっち向いて」
「やだ」
「・・・千秋」
両脇に手を入れ引っ張るように膝の上に乗せた。
そのまま腹部に手を回し抱きしめる。
「髪、伸びたな」
「・・・・・・・・・そう?」
「あぁ」
一束を手に取りキスを落とす。
「綺麗だ」
背中にもキスをしていくと、ビクビクっと吉野の体は震えた。
「く・・・くすぐったい」
恥ずかしそうに逃げようとするので少し手の力を強め抱きすくめた
。すると「そっち向く」
と小さな声と共に膝の上でいそいそと方向転換を始める。
そして向き合う体勢へと変わった。
「さすがにわかってるからね」
「?何が」
何のことかわからず聞き返す。
「その・・・一緒にお風呂ことの意味というか・・・・・・
何も考えてないわけじゃなくて」
あぁ、そのことか。
「でも今日は少しでも離れたらトリ、
どっか行っちゃう気がしたから・・・」
「・・・どこかって?」
「・・・遠いところ」
うつむきながら吉野は呟いた。
こいつも、あの雨の日の夜と今日を重ねているのだろうか?
「俺も怖い。お前がどこかに行ってしまうんじゃないかって」
「どこかって?」
不思議そうに首を傾げた。
「近くて遠いところ」
「っぷ、何それどっち」
意味分からないと笑う姿を見ると、
つられてこっちも笑顔になってしまった。
そうやってお前はずっと笑っていてくれ。
「わからないならそれでいい」
ちゅっと唇にキスをする。
赤い顔をますます赤くし、顔を見せまいと首に抱きついてきた。
「てか・・・・・・・・・・・・さっきから・・・かっ・・・
固いのあたってんだけど・・・」
「それは仕方ないな」
「開き直んなし!」
抱きつきながらそっぽを向いてしまった。
「・・・はぁぁ」
しかし、こうやってゆっくり一緒に風呂に入るのも・・・
幼なじみ兼恋人の俺たちには合っているのかもな。
サラサラした髪を撫でながらしみじみと思った。
まぁ、理性は切れそうだけどな・・・。
fin