不幸や大変なことに慣れちゃうと、ちょっと良いことがあっただけでめっちゃ不安になりますよね。
エメラルド編集部、通称エメ編。
これから迫ってくる校了に向け、普段なら着実に二十日大根の芽を伸ばしているはずだが・・・。
「ーーあぁ、今の感じで進めてくれ。あぁ、それじゃあ」
高野が受話器を置き珍しく笑みを浮かべていた。
「一ノ瀬先生ですか?」
「あぁ。ネームも早かったがペン入れも順調らしい」
「すごいですね!」
締め切りを絶対守ることで有名だが、それにしても早い。
「確か今回美濃さんの担当している先生方も予定より早く進行しているらしいんですよ。俺の所も順調ですし」
ちらっと美濃さんへ顔を向けると笑顔で手を振られた。
「ちょっと律っちゃーん。俺んとこの先生方も忘れないでほしーな」
「そういえば木佐も今回は早く持ってきたよな」
「へへっー、さっき電話で確認も取りましたが、問題ないらしいです!もしかしたら1番にあがるかもね」
ビシッと敬礼をしおどけてみせた。
「油断すんなよ」
「わかってまーす」
ひらひらと手を振りながら自分の席に戻ると、引き出しからお菓子らしい袋を出して食べ始めた。
どら焼きかな・・・?
「なんか普段では考えられないぐらい平和ですね。ちょっと怖いぐらいです」
「まぁ、これで締め切り破り常習犯の吉川先生もが順調だったら怖いけどな」
苦笑いしながら自分も座ろうとすると、先程まで席を外していた羽鳥さんが原稿を持って帰ってきた。
「高野さん、吉川先生の原稿チェックお願いします」
「・・・今なんて言った?」
「吉川先生の原稿のチェ」
「「「吉川先生っっ!?」」」
「・・・はい」
全員があまりの驚きで席をガタっと立ってしまった。だってこの時期なら普通電話で羽鳥さんの怒鳴り声が聞こえるか、かわいらしい鳥の絵と共に「原稿無理」というFAXが届いているはずだ。
高野も驚きながら原稿に目を通す。
「・・・・・・あぁ、悪くない。この前の指摘も改善されてる。・・・どうしたんだホント?」
「いえ、今回は表紙とカラーもありましたんで余裕を持って描かせたんですよ」
「なるほど、じゃあこの後カラーの作業もあるなら当たり前か」
原稿をしまいながら、羽鳥はもう5枚の原稿を取り出した。
「・・・それが、カラー・・・もう完成したらしいんです」
「「「はぁぁああぁ!?」」」
「この間下書き持ってきたばっかじゃねぇか!?」
「俺も嘘かと思ったんですけど本当で・・・チェックお願いします」
羽鳥自身も信じられないのか、軽く動揺しているようだった。
「ちょっと律っちゃん律っちゃん、ヤバくない今回?エメ編史上初全員締め切り前に完成も夢じゃないよ」
「ですね・・・」
素直に喜ぶべきことなんだろうが、なんだろうこの不安。
すると沈黙を破るように高野のデスクの電話が鳴った。
「高野です。・・・・・・はい、えっ!?・・・わかりました、ありがとうございます」
ガチャと受話器を置くと信じられないという顔をしながら口を開いた。
「・・・昨日の部決会議で通らなかった一ノ瀬先生の読み切りの部数、俺のに変更してくれるそうだ」
「ええぇぇえ!?」
「そんなこと今までなかったじゃん!」
「あぁ、ありえねぇ」
辺りに変な沈黙が流れた。
「・・・・・・ま、まぁ素直に喜びましょうよ。嬉しいことなんで「律っちゃん!!!」
今度は何かと木佐へ視線を受けると紙袋を持ちながらわなわなと震えている。
「どっどうしたんですか・・・?」
まさか木佐さんのもとにも不自然な良いことが!?
「俺、確かにどら焼きを買ったはずなのに・・・」
「・・・はずなのに?」
「白玉入りどら焼きになってる!」
「「「「・・・・・・いや、関係ない」」」」
「なんだよみんなで!めっちゃ良いことじゃんか」
「はいはい、羽鳥と美濃は他に今日変に良いことあったか?」
「流すな!」
高野にシカトされた木佐はいじけてまたどら焼きを食べ始めた。
「そういえば、俺今日自動販売機で当たりでたよー」
「すごいですね!」
「俺は・・・あぁ、さっき井坂さんからなぜが菓子の詰め合わせをいただきました。お前ってお菓子とか似合わないよなー、と笑われましたが」
ため息をつきながら羽鳥が言った。
それは絶対井坂さん遊んでるな。
「やっぱりみなさん考え過ぎじゃないですか?」
「そういう律っちゃんは何かないの?」
「俺は・・・特に無いですね」
先生方の進行が順調というだけでも十分良いことだが。
「おい、小野寺」
突然のこの威圧感。
恐る恐る後ろを振り返ると予想通りの人物がそこにいた。
「よっ横澤さん。どうしたんですか?」
「お前の一昨日出した方の企画書見たぞ」
「うっ・・・」
企画書とは新しい付録に関するものだ。初めてで思うようにいかず何日も考えてしまったが、自信があるものができたつもりだ。
あと昨日にもまた1枚別の企画書も出してある。正直そっちは少し自信がない。
まぁ、どちらにしても横澤さんはそう簡単に褒めてくれないとは思うけど・・・。
「なかなか良かった」
「え・・・」
「だからってまだ甘い部分もあるからチェック入れといた。直して今日中に持ってこい。もう1枚の方は後でまた持ってくる」
「は・・・はい」
そう言って企画書を受け取った。横澤さんはすぐ帰ってしまったが、放心状態のまま俺は動けずにいた。
だって。
確かに、今。
良かった、って・・・。
「りっ・・律っちゃん?」
「木佐さん!!」
「はいっ!?」
受け取った企画書をわなわなと胸に当て、頭の中はただただ嬉しい気持ちで溢れていた。だがそれ以上に・・・。
「っ怖!やばいですって不吉ですよ!ここまで良いこと続くわけ無いですもん。なんですか、今日地球でも滅亡するんですか!?」
「高野さん助けて律っちゃん壊れた」
小野寺は企画書を半泣きで直し、木佐は何回もどら焼きのレシートを見直していた。高野は気を紛らわすようにボールペンをかちかち鳴らし、羽鳥は間違いがないのか原稿確認していた。
美濃はというと、いつも通りの笑顔。
これが今日のエメ編?
いつものエメ編?
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部高野です。あ、一ノ瀬先生。どうしました?・・・はぁああ!?原稿描き直したいだ?今更何言ってんだ、せっかく良いものができたのに直すとこなんて・・・おい、待て!話を聞けっ」
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部木佐です。お疲れ様です。どうかしました・・・か、え?えぇぇええ!アシスタントの人達がインフルエンザ!?」
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部羽鳥です。あぁ、どうした?カラーならさっき高野さんに確認貰ったぞ。・・・・・・は?やっぱり話を練り直したいだと・・・。お前今からやって間に合うと思ってるのか?今のでも十分おもしろ・・・おい、吉野!逃げるな!」
「み・・・美濃さん、激しく嫌な予感がするんですけど。電話線切った方がいいですか?」
「ははははー、たぶん意味ないんじゃない?」
どういう意味かわからず考えていると、さっきと同じ威圧感。いや、それ以上の・・・。
「小野寺ぁぁぁああぁ!!!なんだこのクズい企画書は!?」
「はいぃィぃぃ!!」
「あはははー、やっぱりこれがエメ編だね」
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部美濃です」
fin
これから迫ってくる校了に向け、普段なら着実に二十日大根の芽を伸ばしているはずだが・・・。
「ーーあぁ、今の感じで進めてくれ。あぁ、それじゃあ」
高野が受話器を置き珍しく笑みを浮かべていた。
「一ノ瀬先生ですか?」
「あぁ。ネームも早かったがペン入れも順調らしい」
「すごいですね!」
締め切りを絶対守ることで有名だが、それにしても早い。
「確か今回美濃さんの担当している先生方も予定より早く進行しているらしいんですよ。俺の所も順調ですし」
ちらっと美濃さんへ顔を向けると笑顔で手を振られた。
「ちょっと律っちゃーん。俺んとこの先生方も忘れないでほしーな」
「そういえば木佐も今回は早く持ってきたよな」
「へへっー、さっき電話で確認も取りましたが、問題ないらしいです!もしかしたら1番にあがるかもね」
ビシッと敬礼をしおどけてみせた。
「油断すんなよ」
「わかってまーす」
ひらひらと手を振りながら自分の席に戻ると、引き出しからお菓子らしい袋を出して食べ始めた。
どら焼きかな・・・?
「なんか普段では考えられないぐらい平和ですね。ちょっと怖いぐらいです」
「まぁ、これで締め切り破り常習犯の吉川先生もが順調だったら怖いけどな」
苦笑いしながら自分も座ろうとすると、先程まで席を外していた羽鳥さんが原稿を持って帰ってきた。
「高野さん、吉川先生の原稿チェックお願いします」
「・・・今なんて言った?」
「吉川先生の原稿のチェ」
「「「吉川先生っっ!?」」」
「・・・はい」
全員があまりの驚きで席をガタっと立ってしまった。だってこの時期なら普通電話で羽鳥さんの怒鳴り声が聞こえるか、かわいらしい鳥の絵と共に「原稿無理」というFAXが届いているはずだ。
高野も驚きながら原稿に目を通す。
「・・・・・・あぁ、悪くない。この前の指摘も改善されてる。・・・どうしたんだホント?」
「いえ、今回は表紙とカラーもありましたんで余裕を持って描かせたんですよ」
「なるほど、じゃあこの後カラーの作業もあるなら当たり前か」
原稿をしまいながら、羽鳥はもう5枚の原稿を取り出した。
「・・・それが、カラー・・・もう完成したらしいんです」
「「「はぁぁああぁ!?」」」
「この間下書き持ってきたばっかじゃねぇか!?」
「俺も嘘かと思ったんですけど本当で・・・チェックお願いします」
羽鳥自身も信じられないのか、軽く動揺しているようだった。
「ちょっと律っちゃん律っちゃん、ヤバくない今回?エメ編史上初全員締め切り前に完成も夢じゃないよ」
「ですね・・・」
素直に喜ぶべきことなんだろうが、なんだろうこの不安。
すると沈黙を破るように高野のデスクの電話が鳴った。
「高野です。・・・・・・はい、えっ!?・・・わかりました、ありがとうございます」
ガチャと受話器を置くと信じられないという顔をしながら口を開いた。
「・・・昨日の部決会議で通らなかった一ノ瀬先生の読み切りの部数、俺のに変更してくれるそうだ」
「ええぇぇえ!?」
「そんなこと今までなかったじゃん!」
「あぁ、ありえねぇ」
辺りに変な沈黙が流れた。
「・・・・・・ま、まぁ素直に喜びましょうよ。嬉しいことなんで「律っちゃん!!!」
今度は何かと木佐へ視線を受けると紙袋を持ちながらわなわなと震えている。
「どっどうしたんですか・・・?」
まさか木佐さんのもとにも不自然な良いことが!?
「俺、確かにどら焼きを買ったはずなのに・・・」
「・・・はずなのに?」
「白玉入りどら焼きになってる!」
「「「「・・・・・・いや、関係ない」」」」
「なんだよみんなで!めっちゃ良いことじゃんか」
「はいはい、羽鳥と美濃は他に今日変に良いことあったか?」
「流すな!」
高野にシカトされた木佐はいじけてまたどら焼きを食べ始めた。
「そういえば、俺今日自動販売機で当たりでたよー」
「すごいですね!」
「俺は・・・あぁ、さっき井坂さんからなぜが菓子の詰め合わせをいただきました。お前ってお菓子とか似合わないよなー、と笑われましたが」
ため息をつきながら羽鳥が言った。
それは絶対井坂さん遊んでるな。
「やっぱりみなさん考え過ぎじゃないですか?」
「そういう律っちゃんは何かないの?」
「俺は・・・特に無いですね」
先生方の進行が順調というだけでも十分良いことだが。
「おい、小野寺」
突然のこの威圧感。
恐る恐る後ろを振り返ると予想通りの人物がそこにいた。
「よっ横澤さん。どうしたんですか?」
「お前の一昨日出した方の企画書見たぞ」
「うっ・・・」
企画書とは新しい付録に関するものだ。初めてで思うようにいかず何日も考えてしまったが、自信があるものができたつもりだ。
あと昨日にもまた1枚別の企画書も出してある。正直そっちは少し自信がない。
まぁ、どちらにしても横澤さんはそう簡単に褒めてくれないとは思うけど・・・。
「なかなか良かった」
「え・・・」
「だからってまだ甘い部分もあるからチェック入れといた。直して今日中に持ってこい。もう1枚の方は後でまた持ってくる」
「は・・・はい」
そう言って企画書を受け取った。横澤さんはすぐ帰ってしまったが、放心状態のまま俺は動けずにいた。
だって。
確かに、今。
良かった、って・・・。
「りっ・・律っちゃん?」
「木佐さん!!」
「はいっ!?」
受け取った企画書をわなわなと胸に当て、頭の中はただただ嬉しい気持ちで溢れていた。だがそれ以上に・・・。
「っ怖!やばいですって不吉ですよ!ここまで良いこと続くわけ無いですもん。なんですか、今日地球でも滅亡するんですか!?」
「高野さん助けて律っちゃん壊れた」
小野寺は企画書を半泣きで直し、木佐は何回もどら焼きのレシートを見直していた。高野は気を紛らわすようにボールペンをかちかち鳴らし、羽鳥は間違いがないのか原稿確認していた。
美濃はというと、いつも通りの笑顔。
これが今日のエメ編?
いつものエメ編?
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部高野です。あ、一ノ瀬先生。どうしました?・・・はぁああ!?原稿描き直したいだ?今更何言ってんだ、せっかく良いものができたのに直すとこなんて・・・おい、待て!話を聞けっ」
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部木佐です。お疲れ様です。どうかしました・・・か、え?えぇぇええ!アシスタントの人達がインフルエンザ!?」
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部羽鳥です。あぁ、どうした?カラーならさっき高野さんに確認貰ったぞ。・・・・・・は?やっぱり話を練り直したいだと・・・。お前今からやって間に合うと思ってるのか?今のでも十分おもしろ・・・おい、吉野!逃げるな!」
「み・・・美濃さん、激しく嫌な予感がするんですけど。電話線切った方がいいですか?」
「ははははー、たぶん意味ないんじゃない?」
どういう意味かわからず考えていると、さっきと同じ威圧感。いや、それ以上の・・・。
「小野寺ぁぁぁああぁ!!!なんだこのクズい企画書は!?」
「はいぃィぃぃ!!」
「あはははー、やっぱりこれがエメ編だね」
ーープルルルルルル・・・
「はい、エメラルド編集部美濃です」
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