部屋でのんびりと読書に勤しむ日曜日。
仕事が立て込んでなかなか時間がとれなかった分、
一気に読んでしまっていた。
こういう時間が1番幸せで落ち着く。
「もう2時かー・・・」
朝からずっと読んでいたから肩がこってしまった。
ストレッチをするように腕を伸ばし、立ち上がると携帯が鳴った。
「誰だろう?」
机の上にあった携帯を拾い見てみると、「げっ」
とつい声を出してしまう。
高野政宗
なんで休日にまでメールしてくるんだよ・・・!
どうせまた会いたいだの、
来ないと仕事増やすなど書いてあるんだろ。
だが、本文を見ると意外な言葉が書いてあった。
『具合悪いから来て』
「え・・・」
前に風邪をひいた時、確かに連絡しろって言ったけど・・・。
いや、それより大丈夫なのか。
メールしてくるぐらいヤバいってこと?
そういえばここ最近忙しそうだったし、よく咳もしてたような。
見えるはずがないのに隣の壁をじっと見つめてしまった。
考えれば考えるほど嫌な想像ばかりしてしまう。
意を決して小野寺は家を出た。
すぐ隣のドアのはずが、
いつも開けるまでに時間がかかってしまう。
心配はしてるつもりだ。
なのになんで素直に伝えられないんだろう。その一言も、
チャイムを鳴らす動作も頭ではわかっても体が動かないのだ。
だからといって、
このままここにいるわけにはいかないと思いチャイムを鳴らした。
『・・・はい』
「あの、小野寺です」
『っ!?』
ガチャリと音を立てて切れるとすぐにドアが開いた。
「・・・ほんとに来てくれたな」
「高野さんがあんなメールするからじゃないですか」
「いや、あぁ書けば来るだろうって」
「・・・は?」
おい今こいつなんて言った、なんて言いやがった?
悪びれる様子もなくしれっとした顔で高野は言った。
人が散々悩んで心配もしたのに・・・。
「じゃあ・・・嘘って、ことですか?」
「さーな」
明らか嘘だろ!
せっかくゆっくり読書できて幸せだった気持ちが台無しだ。「
帰ります」とだけ言い立ち去ろうとすると、
がしっと腕を掴まれた。
その温かい体温にこっちまで熱くなってしまう。
「・・・なんですか」
「元気出た。ありがとな」
「もともと元気じゃないですか」
流されるのが嫌で腕を振り払った。だがそこで、
先ほどから感じる違和感が頭をかすめた。
いつもなら簡単に振り払うことはできないし、
手だって自分の方が温かいことが多い。それに何より目だ。
こういう時のからかうような目じゃなくて、寂しそうで・・・
悲しそうで。表情は違うのに目だけ泣いているようだ。
「?帰るんじゃないのか」
「・・・」
2歩で高野の前まで戻ると、
いきよいよくペシッと額に手をあてた。そこで確信する。
「高野さん、熱ありますよね」
「・・・・・お前の手、冷たくて気持ちいい」
そりゃあチャイム鳴らすか悩んでずっと廊下で立っていましたから
。
「なんで嘘をつくんですか!?」
「・・・顔見れれば十分だったし、・・・・・・
お前にそんな顔させたくなかったんだ」
そんな顔?
「心配してるんですから当たり前です!家・・・入りますよ」
いつもあんなにエラそうで、好き勝手ばかりするのに、
大事な時に限って自信無くして人のことばかり。
・・・心配ぐらいさせてほしい。
相変わらずきれいな部屋だと頭の隅で考えながら、
高野の手を引っ張って寝室へ入りった。
毛布をめくり高野を押し倒す。
「病人に対してヒドくね?」
「だったらもっと病人らしくしてください。・・・
薬は飲みましたか?食欲あるなら何か作りますし」
大人しくベッドに潜り込む高野はやはり具合が悪そうだった。
顔色もよくない。
「大丈夫、自分でやったから」
よく見ると脇に開けっ放しの市販の薬ケースが落ちていた。
どこまでしっかりしてるんだか。
「じゃあ何か欲しいものはありませんか?」
「律」
「なんです?」
「律が欲しい。ここにいて?」
「・・・っ!?なっっなな な」
ぼーっとした目がこちらを見つめる。
「い・・・いいからさっさと寝てください」
「眠くない」
だだをこねる子供のような姿につい笑ってしまった。
これは甘えてくれてるってことでいいんだよな?
「じゃあ、ちょっと待っててください」
小野寺は立ち上がり部屋を後にした。
****
小野寺が戻った時、部屋は静かだった。
目をつむっていたから寝てしまったかと思い静かに話しかけるとそ
の目から涙がこぼれた。
「高野さん?」
するとゆっくり目を開けたかと思った矢先、
突然痛いぐらいに掴まれる。
「っいた」
「また、帰ってこないと思った」
「え」
「また・・・・・ずっと、会えなくなるって・・・」
・・・同じだ。
俺も風邪をひいたとき、よく昔の夢を見ていた。
あのシーンが何回も繰り返され、何回も俺は泣いた。
「・・・俺は、どこにも行きませんよ。ずっとここにいます」
「・・・」
「ほら、ちゃんと布団かけて」
ゆっくり高野は手を離した。
先程用意した熱さまシートを額に貼り、髪を整える。
ベッドの縁に座りながら頬を触ると、まだ体温が高かった。
「何・・・持ってきたんだ?」
「あ、この前高野さんが面白かったって言っていた本です。・・・
その、眠くないなら話し相手になるぐらいしか俺にはできないし。
でも何を話そうかと思って、本の話はどうかと・・・」
高野さん相手になるといつも話題に詰まってしまう。
緊張とか変な意地とかが壁になっていつも邪魔をするのだ。
「じゃあ聞かせて」
「・・・はい!!ーーーあのですね、
この作者初めて読んだんですけど・・・」
****
「ん・・・」
目を開けると暗い見慣れた天井。
さっきまであんなに重かった頭も体もスッキリしていた。
背中に感じる濡れた感触が気持ち悪く着替えようと思い起き上がろ
うとすると、腹部に変な重さ。
「・・・小野寺?」
そこには俺の腹の上に頭を乗せ、
外に足をはみ出しながら猫みたいに丸くなっている小野寺の姿があ
った。一瞬何でいるのかと戸惑ったが、一気に記憶が蘇っていく。
今日は朝から具合が悪く、
とりあえず家で1日大人しくしてようと思ったが、
熱は上がる一方だった。昔から風邪をひいても1人が当たり前。
まぁ、大学の時は横澤が看病してくれたが、
いくら弱ったって不安という感情を持ったことは1度もない。
なのに、無性に小野寺に会いたくなった。
眠ると両親のこと、小野寺と最後に会った夢ばかり映ってしまう。
嫌だ。
いなくならないでくれ。
俺を、1人にしないでくれ・・・!!
気付いたらメールを送っていた。
「ちゃんと、来てくれたんだな」
そこからは記憶が曖昧だが、ずっと一緒にいてくれたのだろう。
さらさらの髪を撫で、唇をなぞった。
とはいってもこの体勢ではキスもできないが、
安心したように眠る小野寺を起こすのも気が進まない。
「・・・もう少し寝るか」
枕に頭を沈め、起こさないようにまたそっと頭を撫で始める。
今ならきっと、いい夢が見れそうだ。
小野寺の寝息を聞きながら、高野は目を閉じた。
fin