3月27日
9時00分
編集部に着くと珍しく木佐さんが1人でデスクにいた。
「おはようございます」
「おっはよー」
パソコンにあった視線をこちらに向け笑顔で手を振ってくれた。
「どうしたんですか、今日は早いですね?」
「まーね」
小野寺は上着を脱ぎ椅子に座った。
パソコンの電源をつけ起動を待つ間、
家で作っていた資料を出すために鞄に手を伸ばす。
すると視界に何かが映った。
「はい律っちゃん、プレゼント」
「え・・・?」
そう言ってさしだしたのは、
小さなかわいいウサギのイラストが描かれたマグカップ。
落ち着いた淡いピンク色に自然に「かわいい」と呟いてしまった。
「へへっー、
この前律っちゃんマグカップ割れちゃったって言ってたでしょ?
だからこれどうかなって」
「俺のために?」
「もちろん」
受け渡されたマグカップを改めて見ると、
男にしては恥ずかしいかなと照れしまった。
「いいんですかほんとに貰ってしまって」
「そんな高いものでもないし遠慮しないで、ね?」
せっかく自分のために買ってくれたのに断れるわけがない。
「ありがとうございます。大切に使いますね!」
「使ってくれたまえ」
満面の笑みで木佐さんも笑ってくれた。
12時30分
そろそろ昼ご飯食べに行こうかな。
空腹を感じ始めた小野寺はパソコンをスリープモードにすると席を
立った。
「昼休憩行ってきます」
周りからいってらっしゃいという言葉を聞きながら編集部をあとに
しようとすると、後ろから声をかけられた。
「はい?」
振り返るとそこのいたのは。
「美濃さん、どうしたんですか」
「よかったら一緒にお昼食べない?
安くておいしいお店知ってるんだ」
特に店も決めてなかった小野寺にはこれとない誘いだ。
「はい、美濃さんがいいなら!」
13時30分
「おいしかったなー」
あの後美濃さんに誘われた店に行ったが、
おしゃれな雰囲気と手頃な価格にほんとに満足だった。
何より味が格別だった。
ーーでも。
「美濃さん!自分で払いますって」
「いーの、今日は奢らせてよ」
こんないいお店を教えてもらっただけでもありがたいのに奢っても
らうなんて。レジに行くまでの間なんとか止めようとするが、
なかなか首をたてに振ってくれない。
「美濃さん・・・だから」
「ねぇ、小野寺くん」
突然足を止めたことに驚くとガシッと肩をつかまれた。
「奢らせてくれるよね?」
「っ・・・・・・は、はい。すいません」
怖かったなー・・・。
美濃さんいつも笑ってるけど、笑顔だからこそ怖さが増すんだよ。
今度何かお礼しなきゃだな・・・。
「あれ七光りじゃん?」
この呼び方をする人間は1人しかいない。
恐る恐る顔を上げると予想通りの人物。
「井坂さん、お疲れ様です」
「お疲れー七光り」
わざとだよ、絶対この人楽しんでるって。
だが突然バシッと後ろから誰かが井坂さんの頭を叩いた。
「ぃってー、朝比奈~」
「もう今朝高野さんに言われたことをお忘れになったんですか」
高野さん?
「わかってるっつーの・・・。ま、仕事頑張れよ『小野寺』」
ひらひらと手を振りながら横を通り過ぎていった。あの秘書の人、
頭叩いて大丈夫なのか。
じゃなくて!
「ちゃんと名前で呼んでくれた・・・」
やばい、思ったより顔がにやける。
心の中で小さくガッツポーズをしながら編集部に向かった。
15時00分
「ふぅ・・・」
明日まで提出の書類はなかなかうまくいかなかった。
お前のやりたいことを書けばいいんだといわれても、
それが難しいんだ。
気分転換でもするか。
小銭を持ちながら席を立ち、自動販売機に向かった。
「ん、小野寺」
「よっ横澤さん・・・」
同じように飲み物を買いに来た横澤さんと出くわしてしまった。
ここまで来て帰るのも不自然だよな。
どうしようかと立ったままでいると横澤さんの方から口を開いてく
れた。
「お前、何飲むつもりだ?」
「コーヒーを・・・」
「ブラックでいいか」
「は、はぁ」
それだけ言うとお金を入れ自動販売機のボタンを押した。
「え?横澤さんなにしてっ・・・」
ガタンっと音を立てて落ちてきた缶コーヒーを出し、
ひょいっとこちらに投げてきた。
なんとかそれをキャッチすると温かい温度が手に広がる。
「あの、あ・・ありがとうございます」
「言っとくが今日だけだからな」
仕方なさそうにそれだけ言うとそそくさと帰ってしまった。
今日だけ?
16時00分
なんか今日は貰ったり、奢ってもらってばかりだな。
「小野寺」
振り向くとそこには作家さんの所から帰ってきたらしい羽鳥さんが
立っていた。「お疲れ様です、どうしたんですか?」
不思議に思っているとかわいらしくラッピングされた袋を手渡され
た。ほのかに甘い香りがする。
「これは・・・」
「以前俺が作ったお菓子を食べてみたいと言っていただろ。
ちょうど作る機会があったから小野寺にもと」
「え、そんなっ」
「遠慮するな」
俺の頭をぽんぽんと叩くと席に戻ってしまった。
「ありがとうございます羽鳥さん」
帰ったらゆっくり食べよ。
クッキーらしき中身を傷つけないようそっと鞄にしまった。
18時00分
「あれ高野さんもう帰ったんですか?」
経理に行った帰り編集部に戻ってくると先ほどまで高野さんの姿が
消えていた。
「今日は特別だからね、まぁ俺たちは負けちゃったけど」
「?」
3人とも楽しそうに言うが今日何かあるのか?
確かに昼間の高野さんはいつも以上のスピードで仕事をこなし、
どこか急いでるようでもあった。
今日中に見てもらいたい書類が1枚あったんだけどどうしよう・・
・。
「あ、それと高野さんからの伝言。
帰ったらすぐに俺の家に来いだって。律っちゃんモテモテ~」
「なぁ!?」
なにアホな事を伝言に残してんだ。
「しっ知りませんよそんなこと」
木佐さんの言葉は無視し残った仕事を始めた。
19時30分
「・・・なんで俺は来ちゃうんだよ」
高野さんの家の前で立つこと5分経過。
「いや、俺は書類を届けに来ただけであって、
会いに来たわけじゃないんだ」
うん、そうだ。
渡したらすぐ帰るんだと心に決めチャイムを鳴らした。
『今開ける』
それだけ言うとすぐにガチャりと切られてしまった。
この数秒が1番緊張する。
「いらっしゃい、ほら入れ」
「いや、書類渡しに来ただけなんで」
バシッと前に書類を出すがなぜか高野は受け取ってくれなかった。
おかしいと思い上を見上げると、
なぜかありえないという顔をしている。
「お前・・・・・・今日なんの日だと思ってたんだ」
「今日?えっと・・・3月27日です」
「・・・・・・はぁぁ」
「あからさまに溜め息つかないでください!」
だが高野は小さく「めんどくさい」
とだけ言い無理矢理手を引っ張って家に連れ込んだ。
リビングに連れてこられ手を離される。
そこで目に映ったのは。
「ケーキ・・・」
「ケーキだな」
「・・・・・ごちそうですね」
「昨日から仕込んでたからな」
「・・・・・・・・・・・・あっ!!」
「はぁぁ」
そうだよ今日は。
「誕生日・・・だ」
「ま、ゲームは俺の勝ちだからいいんだけどな」
「ゲーム?」
突然の場違いの言葉に頭がついていかなかった。
「お前今日が誕生日って忘れてただろう。だから木佐の提案で、
誰が1番最初に誕生日と気付かせるかゲームらしい。
アプローチはクジ順で・・・まぁ俺はビリだったわけだが、
各自プレゼントとかでお前の喜ぶようなことをする」
「なっなんですかその恥ずかしいゲーム!」
「でも思い当たることはあるだろ」
「うっ・・・」
今日のみんなの行動はだからか。
思い出すと少し申し訳なくなってしまった。
「小野寺」
こつんとおでこを合わして小さく囁いた。
その声に体温が一気に上がってしまう。
「お誕生日おめでとう」
「・・・はい、ありがとうございます」
そう言って優しくキスをしてくれた。
大人になってこんなたくさんの人にお祝いしてもらえるなんて思い
もしなかった。
「俺・・・幸せです」
「そりゃよかった。でもこの後の時間は俺の貸し切りだから」
「はははっ、仕方ないから貸し切られてあげます」
「相変わらず生意気だな」
お前と出会えたからこんな気持ちを持てたんだ。
生まれてくれてありがとう。
俺と出会ってくれて本当に、ありがとう。
fin