「か……かわいい」
小野寺は顔を赤く染めて思わず呟いてしまった。
「ならよかった」
玄関の壁に寄りかかりながら高野は小さく呟く。
「そういうことだから、少しの間だけ頼んでいいか?」
「はーい………..い?いやいやいや、そういうことってどういうことですか!?説明もなしに無理やり連れてきたくせに…..」
思わず立ち上がり小野寺は叫んだ。
めんどうくさそうに顔をしかめる高野に、流されてたまるかという思いを込めて睨みつけた。
「どうせ話したところで、お前まともに話聞こうとしねぇじゃねーか」
「それは…….まぁ」
高野はため息をつきながらしゃがみこむと、足元にいた『それ』を抱き上げた。
「だから、俺が仕事に行っている間ソラ太のことを頼むって話だよ」
『にゃーー』
まるで返事をしたように、ソラ太と呼ばれた猫は鳴いた。
****
「………..」
距離は推定3m。
何も考えていないような大きなあくびとともに、ソファの上で丸くなっているソラ太はチラッと小野寺の顔を見ると目を閉じてしまった。
………ど…どうすればいいんですかあああああああ!!??
なぜか床で正座をしている小野寺は心の中で盛大に叫んでいた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。せっかくの休日、読書をしてゆっくり過ごそうと思っていたのに……。
なぜか今は高野さんの家に……。
「あああああああああああああああ!!!」
ビクッ!!!
思わず出てしまった声に驚いたのかソラ太がハッと顔を上げた。
「あ………ごめんね、せっかく寝ていたのに…」
眠そうなソラ太はもうひとあくびすると、また寝る体勢にはいった。
「……….はぁーーー」
そもそも、高野さんは俺が動物に好かれない体質だって知らないのだろうか。
動物自体は大好きなのに、なぜか近づいたり撫でたりしようとすると怒られてしまう。猫なんか特にそうだ。
というか猫相手に正座している今のこの状況って相当変な気が…….。
………帰りたい。
マイナス思考モードに入りかけていると、ふと視線に気付く。
顔を上げると寝ていたはずのソラ太がこっちを見ていた。
「え……….、あの」
やばいめっちゃ見られている。
どうしてだ、俺なんかしたか?それとも寝るのの邪魔だから出て行けってことなのか!?
いやいやいや、マイナスに考えすぎだ。
こうやって猫と2人きりになれるチャンスなんてめったにないんだ。
どうにかがんばってお近づきになるんだ。がんばれ俺!
「えっと……………..ソラ太….さん?」
なぜ「さん」付けにした俺。
「そっちに行っても…….いいかな?」
自分の声がひどく大きく聞こえる中、小野寺はおそるおそる立ち上がった。
ゆっくりソファに近づき、ソラ太が座っているのとは逆の端にちょこんっと座る。内心心臓ばくばくであったが、ソラ太は気にした様子もなく。だがまだこちらを見つめていた。
隣に座ったはいいがここからどうしよう…..。動いてもいいのだろうか….?
横目で見るとソラ太がこてんっと首をかしげてきた。
…….でも、この猫があの時嵯峨先輩が拾った子なんだよな。
あの頃は確かほんと子猫で。嵯峨先輩の手の中にすっぽりおさまっていたっけ。
この子が成長したように、あれから長い時間が経ったってことだよな。
「……..高野さんね、君のご主人。急な仕事で夕方まで帰って来れないんだって。嫌かもしれないけど、それまで俺ここにいてもいいかな?」
そう言うと、ソラ太はこちらに近づき小野寺の腕に顔をすり寄せた。
『にゃー』
やっぱりこちらの言っていることがわかっているのかもしれない。
まるで心が通じたみたいだと思いながら、小野寺は楽しそうに笑った。
「ありがと」
返事をしてくれたソラ太の頭をそっと撫でると、やわらかい毛並みと温かさが伝わった。
****
「ただいまー」
高野は疲れたように肩をまわしながら玄関に入ってきた。
ちょうど遠方から来ていた作家に呼び出され、休日返上で打ち合わせ。次回はいい原稿が出来そうだが、やはり少し疲れた。
無理やり小野寺にソラ太を頼んでしまったが大丈夫だっただろうか。横澤が珍しく旅行に行くためソラ太を預かったが、正直猫なんて1匹でも留守番はできる。
世話をしてくれなんて家に小野寺を呼びたかった、たてまえにしかすぎない。
きっとまた小言を言われるんだろうな。まぁそれでも休日に小野寺に会えただけで俺にとっては十分うれしいんだけどな。
靴を脱ぎ廊下を歩いていき、リビングの扉を開ける。
「小野寺、悪かったな。大丈夫だった……….か…..」
自分が想像していたのとは打って変わって、そこにはソファで眠る小野寺の姿と、お腹の上で眠るソラ太の姿があった。
……..心配なかったみたいだな。
ぐっすり眠ってる小野寺に気付かれないよう、そっと近づく。
小野寺の前髪を撫でると、気配に気付いたのかソラ太がぴくっと顔を上げた。
「悪いソラ太、起こしちまったな」
『にゃー』
お帰り、と言っているかのごとくソラ太が鳴いた。
「小野寺と仲良くしてくれたみたいだな、ありがと」
『にゃー!』
ゴロゴロと喉を鳴らすソラ太の頭を撫で、自分もソファを背にし床に座った。
小野寺の寝顔を見ていると今日の疲れなんてどこかにいってしまいそうだ。
うとうとしてきた頭に逆らわず、自分もゆっくり目を閉じた。眠ってることをいいことに小野寺の手を握って呟く。
「......おやすみ、律」
「おやすみなさい、高野さん」
fin