*前回の、2人の『はとり』のつづきです!
「千秋、夕食の支度できたから片付けろ」
「千秋、テレビ見てないでネームの直し早くやれ」
「おい、千秋」
「........トリ、状況が読み込めない」
わなわなと手に持ったシャーペンを震わせながら吉野は言った。
先程から俺はなぜか名前で呼ばれ続けている。
「状況?別に普段と変わらないだろう」
「真顔で言うな!」
別に名前で呼ばれることが嫌って訳ではない。けれど、
「だから、なんで名前で呼んでんだよって話」
「......はぁぁ」
隣に座る羽鳥は大きくため息をつくと、
なんだよ、騒いでるこっちがバカみたいじゃないか。
俺が何したって言うんだよ.....。
今日は丸川で今度公開されるアニメ映画の打ち合わせがあった。
......あれ、原因俺じゃね?
「とにかく、恥ずかしいから名前であんま呼ぶな!
「じゃあ呼んで」
「え....」
シャーペンを持っていた方の腕を掴むと、
一気に近くなる顔に心臓が高鳴る。
からかうような笑顔で吉野の耳元に近づくと、
「どうした?呼ばないのか、なぁ....千秋」
「っっ~~!!誰が呼ぶかアホトリ!もういい、寝る!」
勢いよく立ち上がると逃げるように寝室へ走っていった。
「待て、だったら俺も寝る」
「それじゃあ逃げる意味ないだろ!」
後ろから追いかけてくる羽鳥に文句を浴びせドアを閉めようといた
「......手離せよ。ドア閉められないだろ」
「あいにくソファーで寝ると腰を痛くするんでな」
力勝負で羽鳥に勝てるわけもないのは十分承知だ。
大の大人が2人寝ても十分すぎるベットは、
吉野はふてくされた顔のままベッドの端に陣取った。
まぁ....どうせトリのことだからすぐ隣にくるんだろうけど。
目をつぶり後ろで羽鳥が布団に入る音が聞こえる。
なんでそこにいるんだよ.....。
どこに向けていいかわからない怒りを抱えながら、
そういえば前にも似たようなことがあった気がする。
なんだっけ....
****
「おーい千秋、今日の放課後暇?」
「ゲーセン行かね?ゲーセン」
「え....」
ふと目を開けると懐かしい教室の風景。
あれ、さっきまで俺...何してたんだっけ?
「聞いてんのか?....具合でも悪いのか」
同級生達が俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
何を考えてるんだ俺は。懐かしくなんかない、
「あ、悪い悪い。えっとゲーセンだっけ?もちろん俺.....
俺も行く。
そう言おうとしたのに、なぜか言葉につまってしまった。
頭に浮かぶのはトリの顔。
トリに会わなくちゃ。
「ご、ごめん。俺トリと約束があるんだった!じゃあ!」
後ろで友人たちの声が聞こえたが、吉野は教室を飛び出した。
どこだ?
もう帰っちゃったのか?
理由はわからない。ただ、
会いたい。
トリの声で名前を呼んで欲しい。
いつものように、『千秋』って。
「おい、そんなところで何をしてるんだ?」
「....っ、トリ!」
鞄をもった羽鳥が廊下を歩いてきた。
ようやく見つけられたと安堵のため息をもらしながら羽鳥へと近づ
「いや、なんか無性にトリに会いたくなったっていうか.....
「.....お前は子供か」
「うるせー!」
羽鳥は小さく笑いながら優しく頭を撫でてくれた。
あぁ、やっぱりいつも通りの日常だ。
「じゃあ帰るか、『吉野』」
「...........え」
歩き出した羽鳥が吉野の横を過ぎていく。
違う。
とっさに羽鳥の腕を掴んだ。
「ちょ、待って。今....名字で呼んだ?」
「?それがどうした」
振り向いた羽鳥はなぜか目を合わせないまま呟いた。
「どうしたって、今まで千秋って呼んでたじゃんか。
数秒の無言が続く。
吉野は睨み付けるように羽鳥を見据えた。
「俺たちも子供じゃないんだ。
「意味...わかんねーし....」
「だって俺たちは、ただの幼なじみだろ?」
なぜか体に力が入らなくなり、
羽鳥は何も言わず、また歩き出した。
なぜか以前にも同じようなことがあった気がする。
あるわけないのに。
こんなショックなこと忘れるわけがないのに。
ーーいや、
『昔の俺は』そのあたりまえの奇跡に気づけないでいたんだ。
「俺はぜってぇー、ずっとトリって呼ぶからな!大人になっても、
虚しく響いた俺の声。
1度も振り返らないまま羽鳥は夕焼けの廊下を歩いていく。
悔しくて、寂しくて、ただこの怒りという感情だけは、
そう感じた。
****
「ーーき、千秋!おい、吉野!」
「っっ....あれ、」
「大丈夫か?うなされてたぞ....」
ここは、自分の家の寝室?
枕元の明かりだけで照らされた部屋はここが現実だと俺に言ってい
でも....確かにさっきまで教室に。
混乱している頭をなんとか整理しようとするが、
何より1番の違和感は。
「トリ....老けた?」
ぴくっと眉間に皺を寄せながら頬をつねられた。
「いててててててててててっ」
「寝ぼけてるなら起こしてやろうか?」
「起きた!めっちゃ起きたから!」
ぱっと手を離され、赤くなっているだろう頬さすった。
マジで痛かった....。
「はぁ...、うなされていたから起こしてやったんだぞ」
「....うん」
あぁ、こっちが本当のトリだ。
なんか泣けてきそう。
「....えへへへ」
「吉野....本当にどうした?
心配というより変なもの見るような目で顔を覗いてきた。
だって仕方がない。
泣きそうで、嬉しいのだから。
「ちょっと、夢見ただけ。...
羽鳥は少し驚いたような表情をすると、
「..........あの時は、
自嘲気味に羽鳥は呟いた。
「ねぇ、トリ。名前で呼んで」
「....さっきから何なんだ。突然昔の話をしたと思ったら、
「細かいことはいいんだよ、ほら」
呆れた顔をしていた羽鳥だったが、
「千秋」
「何、トリ?」
「....俺には名前で呼ばして、お前はいつも通りのなのか?」
「だってトリはトリじゃんか」
「答えになってないぞ...」
またもや呆れ顔の羽鳥を見ながら吉野は楽しそうに笑った。
「よし、すっきりしたから寝る」
「俺は全くすっきりしていないんだが?」
寝転がる吉野を押し倒すように覆い被さってきた。
「ちょっ、今日は幼なじみ気分だから嫌だ」
「....なんだそのよくわからん気分は?」
「いや、トリと俺って幼なじみ兼恋人だろ?
「相変わらずお前は....」
おでこにそっとキスをしたかと思うと、
「その幼なじみ気分ってので、
「え?えっと....ギり...セーフ?」
「...っぷ、なんだそれは」
「わ...笑うな!」
抱き締められてるせいで表情は見えないが、
「それと、さっきの幼なじみ兼恋人だが、
あ......。
「....すいません」
「まぁ、今は幼なじみなんだ。仕事の話は無しで、
「じゃあ明日のご飯の話から!」
緩んだ腕から少し抜け出し、羽鳥と同じ目線に移動する。
「それは幼なじみに入るのか?」
困ったように笑いながら俺の髪を撫でた。
「いーの」
それが俺たちの関係なんだから。
fin
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