「終わっ・・・た・・・・・・」
「・・・だな」
バイク便の人に最後の原稿が入った封筒を渡し、やっとのことで仕事が終わった。今回はなかなかペンが進まず、久しぶりに締め切りを思いっきり破ってしまったのだ。
トリにもアシスタントのみんなにも迷惑かけちゃったな・・・。
「先生?じゃあ私達はこれで」
ぼっとしているとアシスタントの1人が話しかけてきていた。
「あっうん!ほんと無理させちゃってごめんね」
「何言ってるんですか、いつものことじゃないですか」
「そうそう。でも次はがんばって締め切り守りましょうね。じゃあお疲れさまです」
相変わらずの辛口に返す言葉もなくただただ申し訳ない気持ちで謝った。
「ははは・・は・・・・・・すいません」


みんなを見送りふらふら歩きながら仕事場に戻った。すると優が散らかっていたトーンやペンや何やらを片づけてくれていた。毎度の事ながらありがたい。
「ごめんな、優だって疲れてるのに・・・」
「別に。それに今回はこっちがヤバいと思ってたからこの後仕事無いんだ」
「・・・ごめんなさい」
さすが優だ。俺のペースもお見通しなんだ。
「だから謝るなっての。てか千秋、お前顔色悪いって。片付けは俺がやるから寝て来いよ」
「優だって眠いのに、そんな俺ばっか」
俺もそうとうヒドい顔をしてるだろうが、優だって隈がすごい。3日はまともに寝てないもんな。
手伝おうと思い足を動かすが、上げたはずの足がなぜかうまく動いてくれない。そのままふらっと壁に寄りかかってしまった。
「千秋!?」
優に支えてもらいなんとか立っていられた。
自分が思ってる以上に体は限界を越えてるらしい。
「ったく、だから言っただろ。このままベッド行くぞ」
「うー・・・、ありがと」
ゆっくりと壁に手もおきながらなんとか寝室にたどり着いた。やわらかいベッドに体を預けると一気に眠気がきてしまった。
「おい千秋」
「ゆ・・・う、もうむり・・・・・・」
「・・・はぁ。寝るの早すぎだろ」
ため息をつくと柳瀬はベットから半分はみ出した吉野の体を引っ張り、タオルケットをかけた。無防備なその顔を見るとまたため息が出そうになる。

こいつは羽鳥と付き合ってる。
俺の入る隙間が無いのはわかってるし、もうきっぱり諦めたつもりだ。

・・・だけど、本当に好きだったんだ。

いくら口では言ったって、そう簡単なものじゃ無い。吉野の隣にごろんと寝転び髪を撫でた。
「襲うぞ・・・ばーか」
2人の大人が寝ても十分広いこのベッド。
なんで俺じゃダメだったんだよ・・・。
やわらかい頬をぷにっとつねっても起きる気配は無い。
いい加減、起きるか。
もし羽鳥が帰ってきてこの光景を見たら絶対勘違いするだろうな。あいつの邪魔をするのはおもしろいけど、今は疲れすぎてそんな気力も残っていない。
起きようと体に力を入れるが。
「あれ・・・」
全く力が入らなかった。だんだん瞼も重くなり、自分の体が悲鳴を上げてるのに気付く。
これじゃあ千秋のこと言えないな・・・。
ベッドによる眠気に誘われ、とうとう柳瀬は意識を手放してしまった。





****


ガチャリ。
最悪の修羅場になった入稿を終え、今その原因となった張本人の家に来ていた。

・・・いつもの死体がない。

いつもならこんな日の後は玄関を開けると吉野の死体が転がっているのだが。
いくらベッドで寝ろと言っても聞かないのに珍しい。
そう思いながら靴を脱ぎ、リビングへと足を向けた。

今思うとこの時にもう1足の靴に気付けばよかったと思う。
そうすればあんな動揺しなかっただろうに。


リビングに買ってきた食材を置き、ひとまず吉野の顔でも見ようと寝室に足を向けた。
ドアノブに手をかけ、暗い部屋に廊下の明かりが四角く照らされる。
「よし・・・・の?・・・っっ!?」

どうして。
どうしてお前がそこにいる・・・。

羽鳥の目に映ったのは、まねけな顔で寝る吉野と、隣に・・・柳瀬の姿。

落ち着け。
きっとただ疲れて寝てるだけだ。
何もない。
何もない。

だがいつの間にか俺は吉野の家を飛び出していた。
どんなに頭の中で否定しても、今目の前にある現実に勝てそうに無かったから。




****


「んー・・・・・・っん?あれ・・・」
重い瞼を必死にあけ、吉野は目を覚ました。いまいち自分の状況が飲み込めないのか、頭だけを動かし周りを確認する。
そう、かく・・・・・・に・・・ん。
血の気が一気にひく。
「っっっっ!?」
大声が出そうになり咄嗟に口を手で塞いだ。
何で俺、優と寝てるんだ・・・!
思い出せ・・・。
えっと、原稿をあげて、片付けようとしたらあまりに眠くて、そう。優に運んでもらって・・・それから・・・・・・。
あ~~!思い出せない!!

「千秋・・・?」
「ゆゆゆ優っ!?あゎ、えっと・・・」
「うわー、もう夜じゃんか」
柳瀬はゆっくり体を起こし、前髪をかきむしった。
「?千秋、何そんな焦った顔してんの・・・」
「えぇぇえ!?べつ・・・に」
あからさまに声が裏返ってしまった。
「・・・・・・安心しなよ、襲ったりしてないから」
「う うん」
さすがに今のは失礼だったか。
顔を俯かせてしまった吉野の額を柳瀬はぴんっとデコピンした。
「そんな顔すんなって。ほら起きるぞ」
それだけ言うと柳瀬はベッドを降りて部屋を出て行ってしまった。
なんとか気を落ち着かせあとを追う。
「ふぁ~・・・、寝たりねー。俺家帰って2度寝するわ」
大きくあくびをしながら支度をする柳瀬を見て、いつも通りの姿に心の中で安心する。
別に友達なんだ。
何の心配も無い。
「あれ、羽鳥来てたんだ」

「・・・え」

「ほら、買い物袋。ったく・・・だったら起こせよ。あ、もしかしてあいつの事だから勘違いしたりして」
「ど・・・ど どどどうしよう優!?」
「知らねー」
トリのことになるといつもこうだ。
悪戯っぽく笑いながら柳瀬はリビングを出て行った。玄関を出る音がし、1人残され絶望的な気持ちになる。
トリ・・・絶対勘違いした、よな。
不安だけが心を渦巻く。
とりあえず、電話してみよう。
別に悪いことしたわけじゃ無いんだ。理由を言えばトリだって分かってくれる。
一呼吸置いて、吉野は携帯で見慣れた番号へ電話をかける。

プルルルル......

「?」

プルルルル......

出ない。
いつもならすぐ出てくれるはずが、何回コールを鳴らしても無機質な音だけが響いた。
さすがにもう無理かと思いついに吉野は携帯を切った。
「・・・怒ってるんだ」
どうしよう、もしこのままトリと会えなかったら。
こういう時、自分の妄想力が本当にイヤになる。なぜか悪い想像ばかりしてしまうんだ。
落ちてきそうな涙を必死にこらえ、気が付くと携帯だけを持ち羽鳥の家へと走り出していた。




つづく