「お疲れさまでしたー」
「お疲れー」
バイトが終わり、俺はいつも通り軽く本を見てから帰ろうとしていた。
そういえば、あの子ノートになんて書いたんだろう・・・。
昼間少女マンガコーナーに来ていた少年のことを思い出した雪名は、ノートの場所へと足を早めた。
高校生・・・、いや大学生ぐらいかな?
木佐さんみたいにかわいい系な顔でつい話しかけちゃったんだよなー。
初めて木佐と出会った時のことを思い出してしまい、緩む口を押さえながら目的の場所にたどり着いた。
「えーっと、最後のペー・・・・・・じ・・・・は・・・・っ・・・・・・・ぇぇえええええええ!?」
わなわなと自分の手が震え、変な汗がにじみ出てきたのを感じた。
だって仕方ないだろ。
目の前に。
あの、あの・・・!!
『いつも応援ありがとう!! 吉川千春』
吉川千春のサイン付きイラストがあるんだから!!!
「ほ・・・本物だよな」
以前店に置かれてた色紙のサインと同じだし。
ていうことは今日、本人がここに来てた・・・?
「て・・・店長おぉぉ!」
俺はそのノートを持つと、いつの間にかスタッフルームへと走り出していた。
漫画の中にでも入り込んだような、この不思議な出来事がうれしくて仕方なかったのだ。
****
仕事が早めに片付き、珍しく今日は俺の方が雪名の家に来ていた。だが家主の雪名はというと学校が休みとかでバイトに行ってしまっている。
少し前まではこの家にいるだけで緊張していたが、今では自分でも結構リラックスできていると思う。
「逆に本人がいる方が緊張するんだよなー・・・」
少し冷めたコーヒーを口に含み、小さくため息をもらした。
すると玄関の方からガチャリとドアの開く音がした。「おかえりー」
ベッドに寄りかかった頭を上げると、息を切らした雪名が駆け込んできた。
「木佐さん聞いてくださいよ!っあ、ただいまです」
「?どうしたんだよそんな急いで、バイト先で何かあったのか」
「それがあったんですよ!」
そのわりに雪名の顔はどこかうれしそうで、まるで子供のようだった。握った手を前で振り、何から話していいのか迷っているようだった。
「落ち着けって。で、どうしたんだよ?」
「あの!吉川千春先生が現れたんです!!」
・・・え?
今こいつ、吉川千春って。
「えええええぇぇぇぇえ!?」
「俺もすごい驚いたんですよ!」
「え!?いや、な 何で吉川先生ってわかったんだよ!?会ったのか!?てかやばいだろ!あー落ち着け、って俺が落ち着け!」
待てよ。じゃあ雪名には先生が女じゃなくて男だってバレたってことか・・・?
あああぁゎあ!!
吉川先生の正体って言ったらトップシークレットだぞ!俺だって数えるぐらいしか会ったこと無いけど、羽鳥がどれだけ大切にしてるかわかってるつもりだ。
「あのー、木佐さん?」
「なんだよ!?」
「すいません、興奮しちゃって言い方が悪かったですね。別に本人にあったわけじゃないんです」
「・・・・・・へ」
雪名が言うには、書店に置いてあったメッセージノートに吉川先生の直筆サイン付きイラストが描いてあったらしい。店長にも確認しサインも確かめてみたが、どうやら本物だという結論に至ったそうだ。
「なんだよ、ビビった・・・」
「すいません」
でも、あの吉川先生がなぁ。
「店長も明日丸川さんに電話してみるって言ってましたけど、本物だったら何か吉川先生らしいファンサービスですよね」
「らしい?」
「はい。書き下ろしマンガとか、色紙とか、表に出ない分いつも俺たちのこと楽しませてくれるじゃないですか」
「・・・そうかもな」
俺も初めて話したとき、子供っぽい無邪気な笑顔が印象に残ったっけ。
あぁいう人だからこそ誰かを楽しませるのが上手なんだろうな。
「っあ、でも結局あの子は描いたのかなー・・・」
「あの子?」
「今日バイト中に俺より少し下ぐらいの男の子が少女マンガコーナーに来たんです」
へー・・・、男の子が。
「少し寝癖がついてて、木佐さんぐらいの身長で」
寝癖、身長・・・
「吉川先生のマンガの前でおどおどしていたから話しかけたんですけど、その後ノート描きませんかってことになって」
「へ へぇー・・・」
「あと、なんか心配してました」
「心配?」
「トリに怒られるかな、って。トリって何でしょう?」
それが本人だよー!!!
寝癖あたりで怪しいと思った俺すげーな・・・。
「木佐さん?」
「・・・なんでもねーよ。それよりいつまでも上着着てないでさっさと脱げって。今日は一応俺が飯作っといたし」
「本当ですか!やった~」
木佐は立ち上がると台所へ向かった。
これは明日羽鳥に報告しなくちゃだな・・・。
つづく