それは ある意味 鏡
機械でも なく
人形でも なく
持ち主の愛情度合いを反映して 成長する
君は ハイブリッド・チャイルド





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俺が高野さんに拾われたのは8年前のこと。ボロボロだった俺を家に連れて帰り何日もかけて治してくれた。
命の恩人であり、俺に『律』という名前を与えてくれた人。
なのに・・・
「高野さん!!いい加減部屋を散らかすのをやめてください!片づけるの誰だと思ってるんですか?」
「・・・うるせー」
なんでこの人はこんなにもだらしないんだ。

高野さんは俺たちみたいなハイブリッド・チャイルドの修理を専門にしている。でもその自分勝手でマイペースな性格から、お客さんなんてめったに来ない。
しかも2人きりなのをいいことに、俺にちょっかいを出してきて・・・、好きだと呟かれるだけで体温が上がってしまうこっちの身にもなってほしい。心臓がいくつあってもたりない。

「気分転換に散歩でもしてきたらどうですか?毎日部屋に籠もってばかりいると体に悪いですよ」
「外暑い」
確かに今は真夏の8月。蝉の声が鳴り響き、雲一つ無い空が広がっていた。
「まぁ俺たちは人間と違って自己体温制御機能がついてますから、いまいち暑いってのが分からないのですが・・・、何か冷たい飲み物でも用意しましょうか?」
「じゃあ麦茶」
律は立ち上がり台所へ向かった。

何かの書類書いてる高野さんの横で、俺は床に散らかった本を片づけていた。
するとさっきとは打って変わって、空が薄暗くなり雨が降り始めた。夏の雨独特の匂いが漂う中、開けていた窓を閉めるためベランダに向かう。まるで俺が高野さんと出会ったときのような空を見上げながら。






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目に見えるのは歩く人の足。泥。雨。壊れた右手。
飽きた主人に捨てられ、しかも何に腹が立ったか気の済むまで殴りつけられた。

これが俺の運命。
所詮ただの人形なんだ。

けれどその人だけは違った。
誰もが無視して歩く俺の前に止まり、雨のように涙を流した。
どうしてあなたが泣くんですか?
どうしてそんなに暖かい腕で俺を抱きしめてくれるんですか?
あなたは・・・誰なんですか?


「律!何ぼーっとしてるんだ、びしょ濡れじゃないか」
「え?」
いつの間にか外に出ていたらしい。服までびちょびちょになっていた。
「あ すいません!今着替えてきます」
「とりあえずこっち来い」
高野は無理やり律の腕を引くと床に座らせ、タオルで髪を拭き始めた。自分でやると言っても離してくれないので、大人しく俯いた。
「何考えてたんだ?」
「え・・・、あの。高野さんが俺を拾ってくれた時のことを」
「・・・そうか」
この話をするといつも高野さんは少しつらそうな顔をする。
「高野さん」
「なんだ?」
「・・・なんで俺のことを拾ってくれたんですか?」
「またその質問か・・・。気が向いたからだって言ってるだろ」

嘘だ。
あんなに涙を流して俺を抱きしめたくせに。
名前だってすぐ決めたくせに。

「俺が・・・、写真の少年と似ているからですか?」
びくっと震え、高野の腕が止まる。
怒られるか?
「・・・・・・・・・見たのか?」
「・・・はい」
そう言うとタオルをとり、俺の髪をやさしく梳く。
聞こえないぐらいの小さな声で「そろそろ潮時か」と呟くとゆっくりと話し始めた。
「あいつはな、俺の後輩で俺の恋人だった。名前は織田律。・・・けれどな、事故で死んでしまったんだ」

学生の頃初めて会った織田に告白され、最初は意味が分からなかった。その幻想をぶち壊してやろうとも考えたのに、彼はだんだん俺の中に入ってきた。そしていつの間にかかけがえのない存在になっていた。
初めて誰かを好きになった。ずっと一緒にいたい。ただそれだけだったのに、彼は死んでしまった。今日のような雨の日に。

「だから同じ雨の日に、あいつにそっくりなお前と出会って、柄にもなく運命だと思ったんだ」
「高野さん・・・」
「ま、昔の話だ。別にお前のことを身代わりみたいに思った事なんてないし、俺は今ここにいる律が好きだ」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせる律を笑いながら、髪を撫でた。

過去なんて俺が引きずるわけがない。
バカバカしすぎる。
すると律は恥ずかしそうに俺を見上げて呟いた。
「じゃあ約束してください。俺、何でも聞きますから今度からはちゃんと話してください」
「・・・え?」
「高野さん時々とてもつらそうな顔をするから、か 解決はしないかもですけど、吐き出した分だけ体からモヤモヤが出ると思うんです。だから、」

『先輩、俺にも話してください』

ハイブリッド・チャイルドは持ち主の鏡
俺の何を映し出した?
俺はお前に何を与えた?

「た 高野さん?」
俺より小さい律の体を抱きしめ、溢れる涙が頬を伝う。

好きなのだ
それ以上でもそれ以下でもなく
ただ本当に心から
どうしようもなくアイツの事が

「律、ずっと俺の傍にいてくれるか?」
「・・・はい、もちろんです」

もう涙は流さない
だって 俺はひとりじゃないのだから



fin